2009年7月15日

クレタ島の神話・前史時代

クレタ島の開闢は古く、ギリシャ神話では、赤子のゼウスがクレタ島のアドラステイアとイーデーによってアイガイオン山に匿われ、また、エウロペイアが牛に変じたゼウスにさらわれ、ボスポラス海峡(牛渡りの海峡)を通ってクレタに辿り着き、その子がクレタ王となって文明が生じたとされる。この他にもホメロスのイリアスなど、クレタ島に関する諸話(「テセウスとミノタウロス」や「ダイダロスとイカロス」など)は多い。


ミノア文明
クレタ島はヨーロッパにおける最初の文明のひとつであるミノア文明が栄えた。当時の社会については、伝えられるべき文字が遺されなかったため、遺構から類推するよりほかないが、平和で開放的であったと考えられている。ミノア期の遺跡には、壮麗な石の建築物や複数階の宮殿があり、排水設備や、女王のための浴場、水洗式のトイレがあった。水力を動力とする仕組みに関する技術者の知識はとても高度なものであった。エジプトなどとの交易によってもたらされた遺物から、ミノア文明は、紀元前3000年頃からクノッソスが衰退した紀元前1400年頃ごろまで栄えたと考えられている。

地中海沿岸からはクレタ語と呼ばれる死語が見つかっている。アルファベットとは異なる象形文字を持ち、これを線文字Aと呼ぶ。後世に書体が簡略化された線文字Bは1952年、マイケル・ヴェントリスによって、ギリシャ語である事が判明した。

ギリシャ各地にポリスが出現していた時代のものとして、クレタ島ドレーロスからは現存する最古(前7世紀)の成文法が発掘されている。コスモスと呼ばれる高位役職者の連続した就任を禁じ、再任の場合には10年を経る事を定めたものであり、特定の者に権力が集中する事を防ぐことを狙ったものとみられる。

クレタ島のポリス時代には、他のギリシャ各地とは異なる点が多々ある。

クレタでは葬制および宗教的慣行について、他のギリシャ各地とは異なり、暗黒時代から前古典期までの連続性がみられる。
祭祀が行われた場所は洞穴や山頂など野外であり、神殿のような建造物が少なかった。この事は神殿をアクロポリスに建設し、これを中心に人々が集まってポリスを形成していった他のギリシャ各地と異なっている。前8世紀末から前7世紀にドレロス、ゴルテュン、プリアニスでも神殿が建てられていくが、他の地域の神殿とは構造上の違いがある。
中央部ギリシャで考古学上の痕跡としてみられる、前8世紀に起きた社会の再編成が、クレタ島にはそのような現象が起きていない。
クレタ島史の研究に際しては、前6世紀を通じて考古史料が激減しており、前6世紀初頭の解明が重要な課題とされている。

『ウィキペディア(Wikipedia)』引用

歴史ある神聖な島なんですね。一度行ってみたいです。

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